天満つる明けの明星を君に【完】

天満は一日どころか数日戻って来なかった。

雛菊は一旦宿屋に戻って少し手伝いをした後また天満の家に戻って帰りを待ったが…戻って来ない。

何かあったのではないかと気が気ではなく、不安だった。

宿屋と家の行き来をしなければいけないため、とぼとぼとした足取りで岐路につきながらも、あの時天満の様子が明らかにおかしかったことに疑念を抱いていた。

もしかして天満は覚えているのではないだろうか?

記憶をなくすほど深酒をした様子ではなかったし、覚えているからこそぎくしゃくしているのか?


「どうしよう…私…」


――嬉しかった。

天満に触れたり触れられたりする度に、どんなにつらいことがあっても我慢できた。

最近明るい表情が増えて、姑は嫌味を言わなくなったし、駿河は――納得していない顔でいつも見てきたが、それも主さまの家の手伝いをしているからという強みがあって暴力もなりを潜めていた。


「どうしよう…もう来なくていいって言われたら…」


朔に白紙の文を出したのは、助けてほしかったから。

自分のことはもちろん――まだ天満にも言えていない悩みを解決してほしかったから。


「ただいま戻りました…」


足取り重く暖簾を潜ると、姑が飛び出してきて強く腕を掴まれて、きょとん。


「ひ、雛菊!大変だよ!」


「え…っ、な、何があったんですか?」


「あんたにお客だ!い、一番いい部屋に通しておいたからすぐ行くんだよ!」


「は、はい…」


意味が分からないながらも使用人たちもばたばた駆け回っていて、いつもと違う。

特上の部屋は四階建てのうち三階にあり、恐る恐る部屋の前で正座して声をかけた。


「雛菊でございます…失礼してもよろしいでしょうか…」


「ああ、入れ」


――その声の艶、低い美声。

ぞくっと背筋が泡立った。

ゆっくり襖を開けた雛菊は――笑顔で出迎えたその人物を見て、破顔した。


「あ、あなたは…!」


絶句して、開いた口が塞がらなかった。