天満つる明けの明星を君に【完】

数時間後床から這い出た天満は、結局一睡もできずにぼさぼさの髪を撫でながら重い足取りで居間へ行った。

すでに夕暮れが近く、本来なら日課の鍛錬をしたり、毎日朔と文のやりとりをしているため返事を書かなければいけなかったのだが――それをひどく億劫に感じて、机の前に座ったものの筆が持てなかった。


「天満様…あの、おはようございます」


「ああ、おはよう雛ちゃん。…僕帰ってからの記憶がないんだけど…何も変なことしてないよね?」


「…うん、なんにもなかったよ?」


一瞬間があったものの雛菊の言葉にほっと胸を撫で下ろした。

昨晩の出来事はきっと雛菊の中でも忘れたいことの内に入っているから、何もなかったふりをしてくれているのだ。


それでもやはりぎくしゃくしてしまい、天満は早々に腰を上げて雨戸を開けた。


「早速だけど出かけてくるから雛ちゃんももう戻っていいよ。次は…そうだな、明日の朝でいいからたまにはゆっくりしたらいい」


宿屋とここを毎日行き来している雛菊の体調を慮るふりをして、本当は少し距離を置きたかった。


恋心を抱いていると分かった途端どうしようもなく罪悪感のような感情に襲われて、今はがむしゃらに朔の負担を減らすべく刀を振るっていたかった。


「でも私…戻りたくない…」


「それならここに居てもいいよ。結界があるから何も心配しなくていいからね」


「天満様…怒ってる?なんかいつもと違う…」


「気のせいじゃない?なるべく多く討伐してくるからちょっと遅くなると思うんだ。若旦那たちが心配するかもしれないから、一旦戻った方がいいよ。僕からそう言われたって言ってもいいからね」


天満様、と追い縋るような声が聞こえたが――

その声を振り切って庭に出ると、二振りの刀を腰に差して飛び立った。


どんな顔をして話せばいいのか――分からなくなっていた。