天満つる明けの明星を君に【完】

勢いに任せて雛菊に覆い被さり、その目を見た時…この先に進んでもいいのだと分かった。

だがそこで天満の頭に浮かんだのは――朔の顔だった。


夫がいる身の女と不適切な関係を結んだともなれば、一族の名声を汚してしまう。

兄の顔に泥を塗ることにもなり、一体自分はここへ何をしにきたのか…

こんなことをしに来たはずじゃない、と理性が戻って来た天満は、がばっと身体を起こして首をぶるぶる振った。


「天満様…?」


「ごめん、深酒したみたいで意識がぶれてるんだ。ちょっと横になってくるね。雛ちゃん…ごめん」


――この一件はきっと天満は明日には覚えていないだろう。

だからこそ、口付けだけではなくもっと先にも進んでほしかったのに、と思っていた雛菊は、少し残念がりながらも頷いた。


天満は毎日出かけては血の匂いをさせて帰って来る。

それはもちろん兄のために人に仇為す妖を討伐しに行ってのことだろうが、身体も心配だった。


「ううん。おやすみなさい」


胸元を正した雛菊が頭を下げると、天満は逃げるように居間から出て廊下を歩きながら自らの行動を激しく後悔した。


「僕は何をしてるんだ…」


これは女に慣れるための鍛錬――

…いや、自分には明らかに雛菊に対する好意があった。

そして雛菊の目にもまた…

真名を呼ぶその声色にも自分への好意が滲んでいた。

それをいいことに、独り身ではない女を抱こうとするなんて卑劣だ、と頭を抱えて用意してくれていた床に身体を横たえた。


「ああ、でも僕は…雛ちゃんが好きなんだ…」


気付いてしまった。

救ってあげたいと思う感情から、好意に変わった瞬間。


許されざる想いに、身を焦がした。