宿屋の帳簿などの記入や精査をしていたため、雛菊は文の整理もてきぱきとこなした。

緊急性のあるものから後回しにしていいもの――順番にきれいに並べて天満が文を読み終わるのをにこにこしながら待っていた。


「ちょっと待ってね、まだ読んでないから」


「いいですよ、私お茶淹れてきますね」


あの後床を押入れに直してもらったり家の掃除をしてもらったりで、何からなにまでこなしてくれる雛菊を労いたかったが、本人がそれを当然のようにこなしているため、天満は機会を窺っていた。


何か欲しいものくらいは買ってあげたい。

薄化粧をしているがあまり着飾ったりしない雛菊が何を欲しがるか考えていると、熱い茶を淹れて戻って来た。


「ねえ雛ちゃん、何か欲しいものとかない?」


「え?急に何…」


「雛ちゃんは想像以上に働いてくれるから何かしてあげたいなと思ってるんだけど…何か欲しいものとかない?」


――雛菊は立ったまましばらく考えた後、天満の傍に座って湯飲みを手渡すと、首を振った。


「特にないかな…。あ、昨日みたいに時々遠出に連れて行ってくれたら嬉しい。私、鬼陸奥からあまり出たことがないから」


「そっか、うん分かった。でも欲しいものとかあったら言ってね。それ位はしてあげられるから」


頷いた雛菊は、天満にぺとっとくっついて身体を寄せて緊張させた。

これが女に慣れる鍛錬であると認識している天満は努めて冷静に文に目を落として、小さく笑った。


「鍛錬に付き合ってくれてありがとう。修行だと思えばきっと上達は早いから」


「うん、頑張ってね」


「最終的にどこが到着地点なのかな?」


「それは考えてなかったけど…く…口と口がくっつくとか…?」


…つまり口付け。

まだ一度の経験もない天満は、つい雛菊の可憐な唇を見つめてしまって慌てて目を逸らした。


「そ、そっか。それは…時間がかかりそうだね」


「天満様から触ってもいいから。私はもう酸いも甘いも経験してるから大丈夫」


雛菊のその発言になんだか胸が少しぴりりと痛んだ。

集中できなくなって、文を脇に置いて熱い茶を一気飲みした。