天満は雛菊をさっと抱き上げて身を低くした。


「きゃっ?」


「ちょっと飛ぶから捕まっててね」


雛菊が返事をする間もなく天満は大きく跳躍して山猫の頭上を飛び越えると、人里の出入り口に降り立って山猫と老婆の前に立ち塞がった。


「ひぃっ!あ、妖…!」


「山猫、お婆さんを離すんだ。お前もそのままではいけない」


山猫は毛むくじゃらの毛をざわざわさせて目を金色に光らせた。

唸り声と共に口からは鋭い牙が飛び出て、老婆を突き飛ばすとのしのし天満に近付いて行った。


「俺の食事を邪魔するにゃ!」


「お前はそれ以上人を食ったら‟闇堕ち”してしまう。妖は人を食いすぎると狂気に苛まれて自我を失う。だけど今ならまだ間に合うから、まだお前に理性があるならこの手を取ってくれ」


天満がすうっと手を差し出すと、山猫はふんふん鼻を鳴らして匂いを嗅いだ後――さっと飛び退った。


「お前は!百鬼夜行の者にゃ!?」


「そうだ。僕は人と妖の間に立つ者。お前が迷っているならお前を救いたい。一緒に来ないか?」


――あくまで低姿勢で山猫に微笑みかけた。

容姿が美しい者は総じて強く、妖は本能的に憧れて屈服してしまう性質を持つ。

そしてこうして話をする余裕があるならば、相手に語りかけて穏便に済ませるようにしてきた。

父の百鬼夜行に時々朔と共について行き、あの冷徹に見える父もまたそうしてやってきたのを見てきたから。


「俺は人を食うのが好きにゃ!邪魔するにゃ!」


聞く身もを持たず、差し出した手を鋭い爪で引っ掻かれて出血してしまうと、雛菊が悲鳴を上げた。


「天満様!」


「大丈夫。雛ちゃんはお婆さんと隅の方に居てね。あ、これ持ってて。お祖父様から頂いたお守りなんだ」


掌の大きさの人型に切り取られた札を雛菊に手渡した天満は、音もなく二振りの刀を抜いて雛菊に笑いかけた。


「あとちょっとだけ目を閉じていて。すぐ終わるから」


天満の目が光る。

山猫はその光に見惚れつつも己の欲望を叶えるため、身構えた。