天満つる明けの明星を君に【完】

雛菊に違う部屋でじっとしているようにと言い聞かせて居間に戻った天満は、縁側に立ってもうすぐそこまで来ていた駿河ににこやかに手を振った。


「あ、そこから結界があるから気を付けて。どうしました?」


白髪黒目で糸目の駿河は、相変わらず笑みを絶やさないまま庭まで入ることができず、手を口にあてて大声で叫んだ。


「雛菊に会わせて下さい!」


「すみません、雛菊さんさっき寝たばかりなので起こせないんです。急用でしたか?」


――駿河の目が一瞬さらに細くなって光った。

だがそれしきのことで天満は動じない。

何故ならば眼光の鋭さで言えば、自分の父に勝る者など居ないからだ。


誰から見ても優しそうだと言われる天満だが、肝はしっかり据わっていて動じることはあまりないため、手拭いで髪を拭きながら縁側に立てかけて天日干ししていた妙法と揚羽にわざと声をかけた。


「お前たち、今日は存分に働いてもらうからな」


『応とも。掠っただけで傷口が閉じぬ我が切れ味を刮目せよ』


『血をたっぷり吸わせぬと主の血を頂くぞ』


「ははは、僕も少し暴れたい気分だから期待に応えてあげよう」


…刀が喋った。

付喪神が憑いたり自我が芽生えたりすることがあるとは聞いていたものの、しかもそれを二振りも所有しているとなれば、その妖力は甚大。

のほほんとしているが、目が合うとにいっと笑った天満が不敵で妖艶で、駿河は歯噛みしながらも鬼頭家の者に逆らうことはできず、渋々と言った体で頭を下げた。


「…後で私が来たことを雛菊に伝えて頂けませんか」


「ええもちろん。支度があるのでもういいですか」


駿河が小さく舌打ちをした。

それはとても小さいものだったが、天満の耳には届いていた。


くるりと背を向けた天満は、そのまま雛菊の部屋に行ってにこっと笑った。


「もう行ったよ。別に大した用じゃなかったみたい」


「天満様…ありがとう…」


「ううん、僕は別に何もしてないし。ねえご飯食べようよ。ご飯ご飯!」


童のように朝餉をねだり、雛菊の顔に笑みが戻った。