天満つる明けの明星を君に【完】

「あの、天満様…送り届けてくれるはずなんじゃ…」


「うん、そのつもりだったんだけど、ちょっと嫌な予感がしてね。雛ちゃんが嫌なら宿屋に戻ってもいいけど」


「う、ううん、私はいいよ」


「そっか、じゃあ家に戻ろう」


――天満は何かに勘付いている。

それを話したいけれど話せない雛菊は、天満の三歩後ろを歩きながら、繁華街を抜けるまでしずしずと歩いていた。

そして人の気配が無くなったと同時にいつものように天満の袖を握って歩き始めた。


「今日は僕の家に泊まるわけなんだけど、客間に雛ちゃんの部屋を作ったから、そこで寝てね」


「え…私の部屋?」


「床は押入れの中にあるからね。まあこんなこともあるかなと思って用意はしてたんだ。若旦那の許可も貰ったことだし……雛ちゃん?」


急に立ち止まった雛菊を見下ろした天満は、血が出るまでぎゅうっと唇を噛み締めている雛菊を見つめた。

そしてしばらく黙り込んでいた雛菊は、ふっとはにかんで目を伏せた。


「天満様…私が悩んでること…気付いてるんでしょ?」


「…うん。さっきから右の肩を痛そうにしてるのも知ってるよ。あそこに居ると雛ちゃんは怪我をしてしまう。そういう認識でいいんだね?」


「……悪い人じゃないんです。だから…悪く言わないで…」


――夕暮れの中、天満の本来優しげな目元は少しきつくなって朔と同じように妖気が結晶した光を瞬かせた。


「僕は悪いことは悪いとはっきり言う。雛ちゃんが助けを求めれば、僕はすぐに手を差し伸べる。それを分かっていてね」


「天満様…どうしてそんなに優しいの…?」


緩い上り坂に差し掛かると、さっと手を出してきた天満の手を握って問うた。


天満は、ただ笑った。


「僕って優しさだけで言ったら兄弟随一なんだ。雛ちゃんは唯一普通に話せるし、僕にとっては貴重な存在なんだよ。だから悩みがあるなら話してほしいなってこと。分かった?」


「うん…ありがとう」


――あの時駿河に嫁に来いと声をかけられなければ――天満の元に嫁いでいたかもしれない。


「ありがとう、天満様」


またそう感謝を述べて、天満はまたただ笑った。