天満つる明けの明星を君に【完】

目が覚めた天満は、雛菊を伴って若旦那に会いに宿屋へ行った。

駿河は相変わらずすっ飛んで出て来て、糸目をさらに細めて俯いている雛菊の肩を抱いた。


「お帰り雛菊。何もなかったかい?」


「…はい」


「若旦那、少し話があるんですが。実は数日少し遠出をするのですが、雛菊さんをお借りしたいんです」


「…え?」


「必ず無傷でお返しします。いいでしょうか」


丁寧に懇願しているが――どこか威圧感があり、駿河は若干腰が引けて、雛菊の顔を覗き込んだ。


「雛菊…少しふたりで話をしよう。いいですか?」


「ええどうぞ」


やや不安だったものの、天満が腰に手をあてて待っていると、駿河は雛菊の肩を抱いたまま、女中たちの休憩室に連れ込んで戸を固く閉めた。


そして、雛菊の肩をぎゅうっと思いきり掴んだ。


「痛…っ」


「雛菊…まさかあの主さまの弟に入れあげてるんじゃないだろうね?もしくは逆にあちらがお前に入れあげて…」


「ち、違います。旦那様…信じて下さい…」


「お前は私のものなんだ。よその男に色目を使ったり触れたりすると…またお仕置きするからね?」


「はい…はい…旦那様…」


委縮して縮こまる雛菊の両頬を両手で包み込んで顔を上げさせた駿河は、雛菊の目を至近距離で狂気的な光を宿して微笑んだ。


「絶対に触れさせてはいけないよ。雛菊…お前を信じているからね」


「…はい…」


頭を下げて逃げるように待っていた天満の元に戻った雛菊は、にこっと笑った天満の微笑に心底ほっとして、ようやく笑った。


「お許しを頂きました」


「うん、よかった。じゃあ行こうか」


――本当は一日で戻って来ようかと思ったが…

駿河がどこか狂気を宿した目で雛菊を見たため、数日かかると嘘をついた。

暖簾を捲って手を振る駿河とは対照的に、雛菊は宿屋が見えなくなるまでずっとぺこぺこ頭を下げ続けていた。


「雛ちゃん、今日は何を作ってくれるの?」


「えっと、今日は…」


…こんな日常が欲しかったのに。

雛菊はそう悔やみながら、天満に笑顔を向けた。