天満つる明けの明星を君に【完】

…気まずい雰囲気になってしまった。

あれから雛菊は黙り込んだまま皿洗いを始めてしまい、庭に通じる障子を開けて夜風を浴びていた天満もまた、黙り込んでいた。


「…仕方ない。散策は僕ひとりで行こう」


ここは町からはかなり離れてはいるが、周囲は鬱蒼とした森が広がっているし、住居も点々とある。

どんな者たちが住んでいるかも把握しておきたいし、もうひとりで行こうと草履を履いた時――雛菊が声をかけてきた。


「天満様、どちらに…?」


「ああ…この辺をちょっと見て回って来るから留守を頼んでいいかな」


「…私も一緒に行きます」


「そう?じゃあ一緒に行こうか」


雛菊は躊躇しつつも玄関から草履を持ってきて縁側で履くと、天満の袖をきゅっと握った。


「さっきはごめんなさい。でも天満様…私は大丈夫だから」


「…何が大丈夫なの?殴られてること?」


「……私のことを思ってのことなんです。だから大丈夫」


「普通君のことを本当に思っているのなら殴ったりしないよ?…ああまた押し問答になってしまうね。行こう」


外はもう真っ暗で、夜目は利くため本当は灯りは必要ないのだが、人としての暮らしを忘れたくない天満は行灯を手に緩やかな坂を下りた。

ちゃんと刀は帯刀しているし、今はひとりではないため何かあれば雛菊を守らなければならない。

少し気を引き締めて先行して歩いていると、また雛菊が袖を握ってきた。


「奥の方にとても冷たい泉があるんです。夏にはよくそこで水遊びをしたりしてるんですよ」


「へえ?まだ暑いし、ちょっと寄って行こうか」


――雛菊は天満の美しい横顔を見つめた。

すうっと整った鼻梁の線がとてもきれいで、少し開いた唇がとても妖艶で――


幼い頃一度会っただけだったが、あの時天満に淡い恋心を抱いたことを思い出して、ふっと笑った。


「雛ちゃん?」


「ううん、なんでもないよ。袖…握ってていい?」


「うん。転ばないように気を付けてね」


いつもいつも優しい天満。

救いを求めて文を出して、やって来てくれた天満。

…話したい。

一体ここで何が起こっているのかを。