天満つる明けの明星を君に【完】

洗い物は天満がした。

てきぱきと片付けていく天満の手際の良さに驚きながら皿を拭いた雛菊は、常に手元にあるようにと水の入った甕に立てかけてあった二本の刀から話し声が聞こえた気がして首を傾げた。


「どうしたの?」


「あ、ううん、話し声が聞こえた気がして…」


「ああ、気にしなくていいよ。実はあいつら喋るんだけどろくなこと話してないから」


刀が喋る――?

また目を丸くして驚いた雛菊だったが、天満は洗い物を終えて手を拭くと、その二本の刀を手に玄関に向かった。


「送るついでにちょっと町も案内してもらおうかな」


「でも…私なんかと歩くと…」


「私なんか、ってなに?僕は雛ちゃんに案内してほしい。嫌ならひとりでぶらぶらするけど」


「ううん、嫌じゃないよ。じゃあ…案内するね」


うん、と言ってふたりで玄関を出て棚田を見ながら雛菊の歩幅に合わせて歩いた。

…とにかく目立つ男のため、すぐに男と分かるが透き通るような美貌の天満見たさにすでにあちこちから年頃の娘が天満を窺っていた。


「すご…腰細すぎ…」


「なにあのお美しい顔…見たことない!ああ抱かれたい…」


――全部聞こえているわけで、天満は目を合わさないようにしながらため息をついた。


「どこに行っても同じか…」


「ふふ、天満様は独り身でしょ?あなたを狙ってる娘がお家に押し掛けてくるかも」


「それはまずいね、そうだ、結界を張っておこう。そうしよう」


真面目な顔をして言った天満に雛菊が吹き出した。

ようやく本来の笑顔を見せてくれて嬉しくなった天満は、少し急な坂に出くわして雛菊に手を差し出した。


「雛ちゃん、転ぶといけないから手を出して」


「え、でも…」


「いいからいいから」


おずおずと出された手をしっかり握った。

…ぴりりっと体内を何かが走り抜けた気がしたが、静電気だろうと気にせず坂を下りた。


こうして母や妹以外の女の手に触れたのは――本当に本当に、久々のことだった。