朔がなぜ世話役に雛菊を指名したのか――意味が分かった気がした。

白紙の文を送り、何かしらおかしなことが起こっていることを伝えてきたのは…雛菊なのだろう。

朔が言っていた案件と雛菊の痣は関係しているのか?

これは慎重にならなければならない、と考え込んでいると、膳を持った雛菊が居間の前で足を止めた。


「雛ちゃん?」


「天満様…怖い顔してる」


「!あ、ごめん、ちょっと考え事してたから。食べよう食べよう」


「美味しくなかったら言ってね。…私が作った料理なんて誰も食べてくれないから」


「…そっか。うん、いただきます」


頑張って作ってくれたのか、人に寄せている料理だった。

特におかしな味付けでもなく、雛菊が頑張って作ったのかと思うとそれだけで十分美味しく感じて、すまし汁を飲んだ天満は前に座っている雛菊に輝かんばかりの笑顔を見せた。


「美味しい。雛ちゃん料理上手だね。僕より上手かも」


「ほ、本当っ?良かった」


ふたりで朝餉を食べながらも、天満は雛菊の様子を窺っていた。

相変わらず肌を見られないように注意を払っているが、天満が見たのは右手首の痣であり、ちらりと見えた左手首にも――同様の痣があり、それも色の濃さが違ったため、違う日に暴力を振るわれたのだと見て取れた。


「…ちなみに雛ちゃんの旦那さんってどんな人?」


「え…優しい…方だよ?」


「それは良かった。お父上もさぞかし喜んだだろうね」


雛菊が箸を置いた。

曇った表情を見せた雛菊が何かを言おうとしているのを悟った天満も箸を置いて、背を正した。


「お父様は…私が嫁ぐ前に亡くなったの」


「え…それは知らなかった。ごめんね」


「…亡くなってからすぐ、嫁に来ないかってお誘いがあって。私、家族が欲しかったから…それで…」


「うん」


「でも…子に恵まれなくて。それで…」


「うん、雛ちゃんもういいよ。つらいことは話さなくていい。ほら、冷めないうちに食べようよ」


気遣う天満の心に触れて、雛菊はなんとか笑顔を作って箸を手にした。


雛菊は天涯孤独――

大所帯の天満には想像を絶することで、それ以上言葉を紡げなかった。