天満つる明けの明星を君に【完】

天満が落ち着くまでかなりの時間がかかった。

大切な者を亡くした経験のない朔と晴明と雪男は、かける言葉を失いつつも天満の傍から離れなかった。

…自死するとは思っていないが、目を離すと何をするか分からない妙な危うさはあった。

朔はしばらくの間鬼陸奥に滞在することに決めた。

幽玄町を留守にしている間は百鬼夜行は十六夜が代行となり、好きなだけ天満の傍に居てやってほしいという文が届いた。

――天満はふたりの骸の傍に座ったまま動かず、涙が枯れ果てたと思ったらほろほろとまた溢れ出て、雛菊をどれだけ愛していたか…

そんな最愛の者を失って正気でいられるはずがない、と理解を示すと同時に同じ立場に立たされたならば、自分もああなってしまうのかと思うとぞっとして――縁側から天満を見守っていた。


「…ん、誰か来た」


朧車が庭先に止まると、一応警戒のため雪男が庭に出たが、御簾を上げて顔を出した者の姿を見てふっと笑んだ。


「息吹…」


「雪ちゃん…天ちゃんはどう…?」


駿河の侵入によって結界は破られたままで、すんなり中に入れた息吹は、物干しざおの前で散らばった洗濯物と、何者かの下半身だけの骸を見てぞっとした。

輝夜が言葉を濁しながらも警戒を怠るなと言っていた者の正体が今目の前に転がっている。

雛菊はこの男に襲われて――子もろとも命を絶たれてしまったのだ。


「天ちゃん…?私だよ、母様が来ましたよ」


それまでずっと雛菊の骸を見つめていた天満がようようと顔を上げた。

やつれきった天満の顔を見た息吹が立ち尽くしていると、天満がよろよろと立ち上がって手を差し伸べた。


「母…様…」


息吹はこみ上げてくる涙を堪えながら、目の前まで来て唇を震わせている天満をそっと抱きしめた。


「つらかったね…。まさかこんなことになるなんて…」


「母様…」


天満はその言葉しか知らないかのように母を呼び続けた。


雛菊は言った。

扉の前まで手を握って導いてくれた、と。

導いてくれたのはきっと――


「母様…ありがとう…」


絞り出すようにそう言って――魂が抜けたかのようにして、気を失った。