天満つる明けの明星を君に【完】

雛菊の骸は満足そうな笑みを浮かべていた。

雛菊の魂は昇華して、今度こそ声を聞くことも姿を見ることもできなくなった天満は――腕の中の骸を見下ろして、肩を震わせた。


「雛ちゃん…」


晴明は印を解くと、最期の瞬間雛菊の魂が浄化してゆく様を感じ取っていた。

駿河自身の呪いは強力だったが、それよりもふたりが分かつ思いの方が強く、雛菊の未練は天満の‟ずっと待っている”という一言が聞きたくて彷徨っていたのだと分かった。

鬼族は嫉妬深く、独占欲が強い――

死してなお天満を束縛したいと言う思いが強く、待たなくていいときれいごとを言いながらも本人自身がそれを受け入れられていなかったから。


「…天満…」


「…朔兄…雛ちゃんは…逝ってしまいました…」


「…うん。だけどお前と話せて幸せそうな顔をしてた。お前と約束ができて嬉しそうだった」


「僕は…幸せなんかじゃないですよ。次に会えるのはいつなのか分からないんですから。でも…希望を持っていられます」


希望がある限り、身を焦がすような炎に焼き尽くされることはない。


「これでお前が他の女に現を抜かそうものなら雛菊が黙ってはいないぞ。雛菊と出会うまで独り身決定だな」


「元々僕は人見知りだから問題ないですよ。ね、雛ちゃん…そうだよね」


もう冷たくなっている雛菊の頬に触れた天満は、小さくて小さくて壊れてしまいそうな娘の骸を抱き寄せてその可愛らしい顔を見つめた。


「可愛いなあ…。朔兄見て、女の子です。また…会えるかな?」


「お前によく似てる。それにきっとまた会える。天満…落ち着いたら雛菊と娘を弔おう。お前が落ち着くまで俺はここに居ることにするから」


「はは、それはありがたいです。僕ひとりじゃ…」


ひとりじゃまだ、耐えられそうにないから。


――その天満の消え入りそうな呟きを聞いた朔は、天満から離れなかった。

背中を撫でると天満の嗚咽が次第に大きくなり…

雛菊と娘をぎゅうっと抱きしめて泣き崩れた。

希望も大きいけれど、今は悲しみが勝る。


悲しい時は、沢山泣けばいい。

その涙が枯れるまで。