天満つる明けの明星を君に【完】

何かが雛菊の魂が昇華することを阻んでいた。

だがそれは天満にとって都合が良く、まだ離れ離れになりたくなくて、必死になって雛菊に話しかけていた。


「雛ちゃん、これは…悪い夢なんだよね?実は僕が見てる悪夢なんじゃ…」


『ううん、違うよ。私は死んで、赤ちゃんも死んじゃったの。天満さんには本当に悪いことしちゃった…」


「赤ちゃん…」


天満は雛菊の骸の傍に横たえられているおくるみに包まれた娘の骸を見つめた。

一時でもこの腕に抱くことができたけれど、雛菊は娘を腕に抱くこともなく、恐らく目も見えていなかった中、最期に振り絞るようにして約束をしてほしい、と言ってきたことを、忘れていなかった。

だが雛菊の魂は昇華せずまだここに在り、転生の輪には加われずに彷徨っている。

このままでは、もう二度と雛菊と再び巡り合うことはできない。


「雛ちゃん…あっちっていうのはどこ?そこへ行かないと雛ちゃんはどうなるの?」


雛菊はまた遠くを見つめるような目つきをして、小さな声で囁いた。


『すぐそこに、扉があるの。暗がりの中で動けなかった私をここまで導いてくれた方が居たの』


「え…?それは誰…」


楽しげにふふっと笑った雛菊は、小首を傾げて天満の顔を覗き込んだ。


『多分天女様だったと思うの。でもとってもとっても知ってる方に似てたから…多分あの方なんじゃないかなあって私は思ってる』


また言葉を濁されて食い入るように雛菊を見つめた天満は、思い当たる人物がひとりだけ居て、つい笑みが漏れた。


「そっか…やっぱり頭が上がらないなあ…」


『ずっと手を繋いでくれて、大丈夫だよって励ましてくれたんだけど…でも私、導かれた先にあるその扉を叩いても叩いても開けることができなくて。天満さん、どう思う?』


晴明は言った。

雛菊自身に未練がある可能性が高い、と。

唐突に奪われた自らの命に対して、未練のない者なんて居ない、と思った。

そう思ったと同時に、再びまた巡り合うために――雛菊を昇華させるのが自分の役目だと悟った。