天満つる明けの明星を君に【完】

「でも雛ちゃん…どうして小さな頃に着てた着物を天日干ししてほしいなんて言ったんだろう」


――あの時雛菊の生家で呑気に幼い頃着ていたという着物を干していた。

産まれて来る子は男か女かも分からないはずで、雛菊は一人っ子だったため、女物の着物しかないよとあの時訊いてみたのだが――

雛菊はあの時、それでいいのと小さく笑って楽しそうにしていた。

掃除をして天日干しをして、忙しなく動き回っていた。

夕暮れに差し掛かって、結界が破られた衝動と共に、良くないものが侵入してきたと分かった途端駆けたけれど――


何故あの時もっと早く駆けることができなかったんだろう?

最速で駆けたつもりだけれど、もっと早く駆けることができたんじゃないか?


「雛ちゃん!」


あの後ろ姿だけで何者がやって来たのか分かった。

崖っぷちで片腕を切断したはずなのに、取ってつけたかのように人の腕が接着されているのを見て、そして…

雛菊の腹に本来の駿河の爪が刺さっているのを見て――何か叫んだと思うけれど、もう覚えていない。

あの男は――駿河はある意味自分よりも強く雛菊を愛していたかもしれない。

‟闇堕ち”してなお一部正気を保つことができて会いに来たのだから。


だけれど、だけれど…

こんなことになるなんて。


「朔兄…っ、雛ちゃんは…雛ちゃんは…本当に…死んでしまったの……?」


「…そうだ。今はお祖父様が雛菊の魂を諫めている」


「……諫めるって…?」


――ようやく天満が唇を震わせながらもまともに話しかけてきたため、朔は天満の頭を抱えて肩に押し付けると、言い聞かせた。


「駿河にかけられた呪いで転生の輪に還ることができず彷徨っているらしいんだ。天満…会いに行けるな?」


「……雛ちゃんに…また…会える…?」


「…お前が思っているようなものじゃないかもしれない。だけどきっとお前にしかできないことなんだ」


もう二度と話せないと思っていた。

だけど、また――また会えるかもしれない。


「行きます…今すぐ会わせて」


最愛の女の子に、会わせて。