天満つる明けの明星を君に【完】

水干狩衣姿の童子の姿をした式神がやって来ると、事情を聞いた朔は、天満を強制的に眠らせるために焚いていた香の火を消して口を覆っていた手拭いを外した。


「天満にはまた酷なことになる」


「だけどこれ以上雛菊を苦しめるわけにはいかない。主さま、天満が何を言おうと暴れようとも必ず説得を」


「…分かってる」


――しばらくすると、天満の目がゆっくり開いた。

束の間ぼんやりしていたが…急に何の予備動作もなく跳ね起きて、目を見開いて血まみれの両手を見つめた。


「ああ大変だ…!雛ちゃんと赤ちゃんを助けないと…!雛ちゃんを…っ」


「天満」


「!?え…朔兄…?さっき文を飛ばしたばかりなのになんでもう来…」


天満の記憶は途切れ途切れになっていて、息を引き取ったことはなかったことのようになっていた。

雪男が唇を噛み締めて俯く中、朔は静かな目で静かな声で――天満の肩に手を置いた。


「天満…間に合わなかった。すまない」


「え?何を言って…それよりも雛ちゃんはどうなったんですか!?僕はどうして寝て…」


「天満…雛菊は死んだ。腹の子も助からなかった。お前はその手で赤子を取り上げたんだ。…覚えているだろう?」


そう諭すと――天満は身体の全ての機能が停止したかのように動かなくなった。

瞬きもせず固まっている間、朔はずっと天満の肩に手を置いて、天満が現実に戻って来るまで待った。


「雛ちゃ…死…んだ……?」


「…駿河に襲われて、呪いをかけられたんだ。俺がここに着いた時にはすでに雛菊も赤子も息を引き取っていた。お前は雛菊を抱きしめていて…」


「……そんな…そんな…っ、嘘だ…!雛ちゃんは生きて…」


――私を待たないでね。


脳裏に染み渡るようにあたたかい雛菊の声が鳴り響いた。

走馬灯のように先程の記憶が蘇ってなだれ込んでくると、天満は頭を抱えて低い唸り声を上げた。


「ああぁ…、雛ちゃん…っ!嘘だ、嘘だ嘘だ、嘘だ!」


朔は天満の両肩を強く抑え込んだ。

どう叫ぼうともどう暴れようとも――ないことにするわけにはいかない。


「天満…お前しか雛菊を救えない。一緒に行こう」


慟哭して叫び続ける天満を抱きしめて、爪を立てられても叩かれても、離さなかった。