天満から笑顔で桐箱を押し付けられた朔は、中身を見ずともなんとなく理解して快諾した。


「母様に渡せばいいんだな?任された」


「よろしくお願いします。じゃあ祝言の日程とかは文でやりとりして決めましょう」


「ん。宿屋の件だが、張り切りすぎず適度に力を抜いてやれ。お前の本分は宿屋の運営じゃないからな」


「ははっ、分かってます。朔兄って相変わらず心配性だなあ。そういうとこも好きなんだけど


弟に告白されて照れた朔は、天満の髪をくしゃくしゃかき混ぜて雪男たちと共に鬼陸奥を離れた。

少し眠って元気を取り戻した天満と雛菊は、客らに挨拶をしながら不備がないかあちこち見て回りつつ、朔の話をした。


「朔兄が泊まりに来たことはすぐ噂になるだろうから、ますます繁盛するかもしれないね」


「でも天満さん、私…天満さんに嫁いだらここは番頭さんに任せて幽玄町に住みたいなって思ってるんだけど…」


「え、そうなの?ここから離れても大丈夫?」


「うん、そんなすぐには離れられないけど、天満さんも主さまの傍に居たいでしょ?私は主さまのお力になる天満さんを陰ながら支えたいなって思ってて…」


――雛菊はもしかしたら鬼陸奥から離れたがっているかもしれない、と思った。

鬼陸奥は故郷だけれど、いいことよりも悪いことの方が多かったかもしれない。

宿屋を再開させて心機一転したいと最初は言っていたが、今でも雛菊は最上階の休憩室には一度も足を踏み入れていない。

本当は、心はもう幽玄町に在るのかもしれない。


「そっか、うん、じゃあここと幽玄町を行き来しようよ。寒くなったら幽玄町に戻って、暑くなった時は鬼陸奥に行ってあの泉で涼むとか」


「わ、それいいかも。素敵」


雛菊が笑顔になると、天満はきょろりと辺りを見回して誰も居ないのを確認すると、そっと手を握って軽く振った。


「毎日楽しく過ごそう。いろんな所に連れて行ってあげる」


「うんっ」


未来予想図は明るい。

明るいものと、信じていた。