朔は多忙なためもう戻らなければならず、天満は童に戻ったかのように朔の袖を握ったまま宿屋へ引き返していた。


「天満、ものすごく帰りづらくなる」


「あ、ごめんなさい。雛ちゃんと話して朔兄が幽玄町に戻るまでの間に祝言の話は詰めておきますからゆっくり寝て下さい」


「ん」


「朔兄、ちょっと猫又を借りますね」


「分かった」


宿屋に着くと、目の下にくまができて疲れ切っている雛菊が無理矢理作った笑顔で出迎えてくれたが、天満は有無を言わさず手をぎゅっと握って踵を返した。


「え、え?天満さん?」


「雛ちゃん、一旦家に戻ろう。ちょっと休まないと身体が壊れちゃうよ」


「でも主さまは…」


「今からちょっと寝るから放っておいて大丈夫。僕たちもその間に少し眠ろうよ」


宿屋の隣には樹齢何千年か分からない巨木が立っているのだが、その木の枝に両手足をだらりと下げて寛いでいた猫又を口笛を吹いて呼び寄せると、喉を撫でてやって飛び乗った。


「ちょっと家までお願いしてもいいかな」


「はいにゃ」


雛菊の手を引っ張って乗らせると、ものすごい速さで繁華街を駆け抜けてものの数分で家に着き、疲れて力が入らない雛菊を抱き上げて玄関を上がった。


「話したいこともあるんだけど、後にしよう。僕もくたくた…」


「天満さん、お疲れ様でした。とりあえず初日を乗り切れてよかった…」


ふたりで寝れるように大きめの床を新調していた。

ふたりでごろんと横になると一気に睡魔がやってきて、ふたりですやすや。

宿屋再開の初日は全室が埋まり、朔もお祝いにやって来てくれて大盛況なものとなり、幸せな気分のまま熟睡した。