「じゃあ天ちゃん雛ちゃん、次に会う時は祝言かな?」


「その前に宿屋に遊びに来て下さい。朔兄も」


「俺は再開させた初日に遊びに行くからその時は教えてくれ」


「はい。じゃあみんなも元気で」


朔が用意してくれた朧車に乗り込むと、らせん状に空を駆け上がって屋敷を離れた。

息吹がいつまでも手を振ってくれるから、雛菊もいつまでも手を振って天満に笑われた。


「予想外に長居しちゃったから帰りづらくなっちゃったね」


「うん、でも天満様はいつかここに戻って来たいんでしょ?宿屋が軌道に乗ったらここに戻って来るのもいいよね」


そうだね、と言いかけて、御簾を上げてまだ眼下を見ている雛菊の髪が風になぶられて、耳につけている赤い耳飾りが見えた。

きれいだなといつも思っていたが口に出して褒めたことのなかった天満は、そっと耳に触れて雛菊を飛び上がらせた。


「な、なに…?」


「お母さんの形見だったよね?ずっとつけてるなあと思って。寝る時もつけてるでしょ?」


「うん、でも毎日お手入れはしてるよ。ゆくゆくは子に恵まれたらこれを今度は私が譲るの」


子の話が出た途端、天満はもぞもぞと居心地悪そうに身体を揺らして目を逸らした。

御簾を下ろした雛菊は急に天満の様子がおかしくなったため首を傾げたが、天満の手をきゅっと握るといつものようににこっと笑ったため、この時はあまり気に留めなかった。


――上空はかなり空気が冷たいため、鬼陸奥に着くまで身を寄せ合って屋敷での出来事を飽くことなくふたりで話し続けた。

そうしているうちにいつの間にかもう鬼陸奥に着いてしまい、天満の家に着いた雛菊は、玄関を潜るなり大きく息を吸って言葉と共に吐き出した。


「我が家に帰って来たって感じ」


ここはもうすでに雛菊にとって落ち着く場所となっていた。

そして天満はまたもぞもぞそわそわしていた。

後に雛菊はその理由を知って、爆笑することとなる。