天満つる明けの明星を君に【完】

屋敷に着いて玄関に入ると、飛び出てくるかと思っていた息吹の姿はなく、少し拍子抜けした天満は草履を脱いで台所に顔を出した。

そこにも息吹の姿はなく――大体家族はいつも居間に勢ぞろいしているため、雛菊を伴って居間に入った天満は、そこでようやく縁側に座って茶を飲んでいた息吹の後ろ姿を見つけた。


「天満、お帰り」


「朔兄、ただいま戻りました。今回はお礼を言いたくて…」


壁に背中を預けて本を読んでいた朔がきれいな唇に人差し指をあてて喋らないように合図をした後、そっと息吹を指した。

きっと今か今かと待ち構えていたはずなのに、いつものように飛びついてこないのは、きっと自立して独り暮らしを始めた自分を童扱いしないためなのだろう。


「母様、ただいま戻りました。お元気でしたか?」


「…うん。天ちゃん、お帰りなさい」


肩越しに僅かに振り返った母の可愛らしい顔を久々に見て和んだ天満は、逆に息吹を背中からぎゅっと抱きしめて笑顔を弾けさせた。


「母様、お腹空いた!久々に手作りの料理食べたいなー。ご飯ご飯!」


本当は抱き着きたくて仕方なかった息子に逆に抱き着かれてとうとう我慢できなくなった息吹は、くるりと振り返って全力で天満を抱きしめた。


「お帰りなさい!天ちゃんもう大人だから我慢しなきゃと思ってたんだけど!無理!元気だった!?ご飯ちゃんと食べてた!?」


「はい、ご飯は雛ちゃん…雛菊さんが作ってくれてたから」


そこでようやくはたと我に返った息吹は、朔の傍で正座してかちこちになっている雛菊を見つけてさらに表情を綻ばせた。


「雛ちゃん!?わあ、きれいになって!私のこと、覚えてる?


「あ、はい…息吹様…その…お久しぶりです。私のことなんて覚えてないかと…」


「ううん、覚えてるよ。女の子がこの屋敷に来るなんて珍しいことだもの。天ちゃんのご飯作ってくれてありがとう。後で色々お話聞いてもいい?」


「やった!僕から矛先が雛ちゃんに向いたぞ」


密かに小声でそれを喜んでいたが――


「まずは天ちゃんのお話が先だよね」


「あ…はい…」


結局逃れられず、肩を落として皆に笑われた。