天満つる明けの明星を君に【完】

天満は朧車の中でずっと読書をしていた。

朔が本に目がなく、鍛錬の時間以外はよく読書に時間を費やしていたため、それを見て育ってきた天満も同じようにいつの間にか本が好きになっていた。

そして祖父の晴明の屋敷には膨大な量の巻物や本があり、今までも結構読んできた方だが、あそこの書庫の三分の一もまだ読破できていない。


「天満様、本好きだね」


「あ、うん、主に冒険ものなんだけど、知らない世界を垣間見ることができるから楽しいんだよね」


ふうん、と相槌を打った雛菊に笑いかけたが――ぱっと顔を逸らされたため、天満が何事もなかったかのようにまた本に目を落とした時――空気が変わった。

朔の結界内に入ったのだと分かった天満は、少し御簾を上げて眼下を見下ろした。

平安町と幽玄町は共に碁盤状に町並みが広がっており、懐かしい空気と景色に天満の顔が輝いた。


「ああ、少し離れてただけなのに懐かしいなあ」


「き、緊張してきちゃった…」


「大丈夫大丈夫。ほらもう着くよ」


緩やかに降下し始めると、玄関の前ではなく、大きな門の前で下ろしてもらった。

先に下りた天満が顔が強張っている雛菊に笑っていると、ばたばた足音が聞こえて門の奥の方を見た。


「天満!よく帰って来たな!」


「あ、雪男だ。ただいま」


駆け寄って来たのは、先代の父の時代から屋敷を守ってくれている雪男で、相変わらずの真っ白な肌、真っ青な髪と目の色は鮮やかで、色男っぷりは健在。

ぽうっとなった雛菊に一瞬むっとしてしまったものの、腰に手をあてて息をついた。


「みんな揃ってるぜ。お前が帰って来るって知った途端一番張り切ったのは誰だと思う?」


「ああ、それは…うん…母様だよね」


「当たり!色々訊かれると思うから覚悟しとけよ」


「ははは…」


乾いた笑いを浮かべた天満は、がちがちになっている雛菊を促して屋敷に向かった。