天満つる明けの明星を君に【完】

朔からの文が届き、書かれていた内容に目を通した天満は、早速その文を手に居間に居た雛菊に声をかけた。


「雛ちゃん、宿屋の件なんだけど、朔兄から許可が出たよ。‟好きにしていい”んだって」


「え…でも…資金は?」


「出世払いでいいんだって。でも僕としてはちゃんと直接朔兄にお礼を言った方がいいと思うんだ」


「そう…だよね。じゃあ主さまにここに来てもらうの?」


「いや、こっちから出向くのが筋だと思う。一度僕も戻らなきゃと思ってたから」


――雛菊にとって幽玄町のあの屋敷は楽園であり、あたたかいものしか存在していない優しい場所だった。

俄かに雛菊の顔が輝くと、天満はその表情を見てこくんと頷き、笑いかけた。


「じゃあ一度帰ろう。朔兄に朧車を呼んでもらうから出発は明日になると思う。準備しておいて」


「うん!」


…ほっとした。

あの出来事以来極力雛菊に触れるのを避けていたため、それを先程悟られてしまってどうしようかと動揺していたが――

ふたりきりで居るより、朔たち家族とわいわいやっていた方が気が紛れる。


「じゃあ僕も遠出するわけにはいかないな…。じっとしてるのは得意じゃないから、閉鎖してる宿屋の掃除でもしてくるね」


「あ、私も一緒に…」


「いや、大丈夫。閉鎖してるといっても誰かが潜んでいるかも分からないし、結界のあるここに居てくれた方が安全だから」


「…うん。じゃあお任せします」


「はい、任されました」


なるべく明るく振舞って自室に戻った天満は、幽玄町に戻るため朧車を寄越してほしいと文を書き、鳥型に折って空に飛ばした。


宿屋の再開は雛菊にとっての新しい第一歩。

自分の気持ちはひとまず置いておいて、その門出を祝ってやらないと。


「よし、頑張るぞ」


気合いを入れて、繁華街に向かった。