ふたりで朝餉を食べた後、繁華街にある役所に出向いて経緯を話した。

…雛菊が暴力を振るわれていたことはどうやら周知の事実だったらしく、そこについては驚かれなかった。

そして駿河が人を食い、海を渡った日高方面で悪事を働いていたことを話した時は、役所の者はやはりそうかという顔をして肩を落とした。


「そうではないかと思っていました。ですが駿河殿はこの鬼陸奥で一番大きな店のひとり息子。なかなか尻尾を掴むことができず…」


「骸は確認できませんでしたが、谷底に落ちましたし、恐らく死んでいるでしょう。若旦那の死亡届けと、雛菊さんの戸籍を抜く手続きを取りたいんです」


「いや…骸がないと死亡届けはなんとも。ですが雛菊さんが暴力を振るわれていることは存じていました。戸籍を抜くことに関しては承認します」


それまでじっと黙って俯いていた雛菊がぱっと顔を上げて嬉しそうにした。

だが天満はずっと表情を引き締めて、笑いかけられても表情を崩さなかった。

今の自分は雛菊の身元引受人であり、鬼頭家の家業として駿河を制裁に来た者であるため、雛菊と親しげにするのはおかしいと思った。


「天満様…私…旦那様と別れられる…?」


「君への暴力は皆が知るところだったんだ。だから若旦那の了承がなくとも離縁できるんだよ」


「うん。あと天満様…今閉鎖されてる宿屋なんだけど…私があそこを借り上げることってできないのかな」


「え?どうするの?宿屋を再開するってこと?」


突然雛菊が思ってもないことを言ったため思わずきょとんとすると、離縁できると知って表情が明るくなった雛菊はこくんと頷いた。


「帰ってから話すね。ここに血判を押せばいいんですね?」


妻の欄に書かれた雛菊の名の上に大きなかけ訂正印が押されると、その横に雛菊が小刀で指を切って血判を押した。

これで正式な離縁となり、肩の荷が下りた雛菊は、晴れ晴れとした気持ちで席を立った。


「天満様、早く帰ろ。早く早くっ」


雛菊が明るくなって嬉しくなった天満は、ようやく小さな笑みを浮かべて同じく席を立った。

――雛菊に伝えたいことがある。

もっと一緒に、ずっと一緒に居てほしいと伝えたい。