‟闇堕ち”すれば、本来よりも遥かにけた違いの力が発揮される。

よって駿河の逃げ足はとても速かったが、それよりも日頃から鍛えている天満はすぐ駿河に追いついて、背中に交差に斬り付けた。


「う…っ!」


「もうこれ以上悪あがきはするな。そして僕と約束しろ。雛ちゃんと離縁すると」


途端駿河の目が光り、斬りつけられた痛みも感じないのか、目を金色に光らせながら振り返った。

あと数歩前進すれば切り立った崖で、足を踏み外してしまうと奈落の底に落ちてしまう。

駿河の目は憎悪に光り、ゆらゆら身体を揺らめかせながら天満に一歩一歩近付いた。


「雛菊は私のものだ…。幼い頃から欲しくて仕方がなかったんだ。あのうるさい父親を殺してようやく手に入れたんだ…!」


「お前の魅力で雛ちゃんと恋に落ちて夫婦になったのなら、僕は口出ししなかった。でも違う。お前はお前の欲望で罪もない雛ちゃんの父親を殺め、雛ちゃんに暴力を振るい、人を食った。…悪いがもう生かしてはおけない」


――駿河を目の前まで連れて行くと約束した。

命を奪うのは簡単だが、鬼陸奥まで連れ帰るとなると、そうもいかない。

何とかして駿河を気絶させて、その隙に帰るしかないと決めた天満は、構えた二振りの刀から不気味な笑い声が漏れたのを聞いた。


『吸うぞ、その男の命を』


「駄目だ。この男は連れ帰る。その後なら好きにしていい」


『亡骸があればよかろうが。自我を失った男からは何も聞き取れはしないぞ。我らでその命食ってしまおう』


「駄目だと言っている。それ以上我が儘を言うとこの崖から放り投げるぞ」


『我らとお主はもう縁を結んだ。鞘も刀もいくら遠くへ捨てようともお主の手元に戻る。我らは執念深いのでなあ』


ため息をついた天満は、‟闇堕ち”した弊害なのか、何もしていないのに息が上がっている駿河にぴっと切っ先を突き出した。


「悪く思わないでくれ。お前の命を奪わず雛ちゃんの前に引きずり出す。その後、お前の命を奪う。これは僕の家の生業であり、雛ちゃんのためだ」


「…私の嫁を‟雛ちゃん”などと気安く呼ぶな!」


駿河が突進してきた。

天満はひとつ短く息を吐いて、同じように駿河目掛けて突進した。