「堕ちたか…」


独り言ちた天満は、音もなく大木から飛び降りて変化しつつある駿河を見ていた。

普段は現れない鋭い角が額の左右から生え、口からも鋭い牙が覗くと、無傷で捕縛は難しいなと考えながら油断なく隙を伺っていた。


「駿河…お前がこれからどうなるか知っているのか?」


「私はもう…人を食った時から後戻りできないことは知っていた。やっと嫁に貰った雛菊との仲がうまくいかず、苛立つ日々の中、仲間に勧められて食ってしまったのが私の運の尽きよ」


「お前の弱い心を雛ちゃんのせいにするな。駿河…そうなってしまったら僕はもう、お前を殺さないといけない。今から徐々に自我が無くなって、今以上に人を求めて暴れ回る前に、僕が…」


話の途中、駿河が突進してきた。

‟闇堕ち”したことでたかが外れた駿河の動きはかなり速く、紙一重で振り下ろされた爪を避けた天満は、素早く刀を抜いて茂みに身を隠した駿河の気を探っていた。


「逃げても無駄だ。僕はお前を許すことができない。そして僕で良かったと思え。朔兄が乗り込んできたら、お前の与太話を聞くことなく一刀両断されていた」


もう天満の声も聞こえていないのか――また飛び出てきた駿河は、今度は刀を手に右腕目掛けて斬りつけてきたものの…

兄弟の誰よりも俊敏な天満はそれをあっさり避けて、逆に手首を鞘で打って痺れさせて刀を落とした。


「そうなったらもう、おしまいなんだ。せめてまっとうなまま雛ちゃんの前に連れて行きたかった」


――駿河と会う前に、この秘密の里に居た者たち全員を制裁した。

全員から人の血の匂いがして、半分人である天満はその匂いに顔をしかめながら冷静にひとりずつ屠ってきた。


「お前に逃げ場はない」


殺すしかないのか?

なんとかして雛菊の前に連れ出さなければ、きっと雛菊は今後心が落ち着くことはないだろう。

どうすれば――


「!待て!」


考えているうちに、駿河が背を向けて出入り口に向かって駆け出した。

一瞬の隙を突かれ、舌打ちしながら後を追った。