何者かに追われていた。

いや、何者かは分かっていたが…とてつもなく恐ろしい相手を敵に回してしまったことを後悔せざるを得なかった。


男――駿河は北へ北へ逃げながらも、自分を追っている男――天満の気配を如実に感じていた。

鬼頭家直系の三男で、知略に優れ、謀略にも優れ、英知を備えた完璧な男だ。

腰に提げられている二振りの刀は間違いなく業物で、あれに斬られれば紙切れのように身体をすっぱり斬られて死んでしまう。


自分は…自分はただ――


「私は…私は雛菊さえ手に入ればいいのに…!」


同じ里に生まれ、幼い頃から密かに恋心を抱きながらも、何故かあの屈強な父親に近付くことを頑なに拒否されてきた。

あの父親が生きている限り、雛菊に触れることすら敵わない――

だからこそ、決行してようやく手に入れた自分にとっての至宝なのに。


「何故私を拒む…!?何故…子ができない!?何故そんな目で私を見るんだ!?」


元々血の気が盛んで、自分より力のない者を虐げて生きてきた。

手を上げることなど日常茶飯事で、自分のものには容赦なく手を上げてきた。

だからこそ、自分の元に嫁いできた雛菊も手を上げれば従順で傅く女になるだろうと思っていたが…

現実は恐怖に震えるばかりで、ますます手を上げる回数は増えていった。


愛しているのに。

頭がおかしくなるほど望んで望んで、ようやく手に入れた結末がこれなのか――?


「それはあんまりだろう…?それにお前のあんな顔も見たくはなかった…!」


――夜を迎え、人の里に侵入して宿屋に身を潜めていた駿河は、頭を抱えてうずくまっていた。

日に日に暴力を振るいたいという衝動が溢れ出てくる。

人を食いたいという衝動が、溢れ出てくる。

独りでこの欲望を抱えるにはあまりにも重たく、駿河は志を同じくする者たちが集う秘密の集落に向かっていた。


「明日には着く…。明日にはきっと、お零れにあやかれるはずだ…」


人の肉を皆で食む。

想像するだけで陶酔してしまい、舌舐めずりをしながら殺人衝動を堪えてがたがた震えていた。