天満つる明けの明星を君に【完】

「…やっぱりこれは…誘われてるのかな……」


雛菊が熟睡するまで手を繋いでやっていた天満は、そっとその場を離れて居間で干し肉を噛んでいた。

それもこれも牙が疼いて仕方がなくて干し肉を噛んでいるわけで――

女を抱いたことは一度もなくとも、ありとあらゆる手段でもって誘いをかけてくる女たちを沢山見てきたため、雛菊の態度もそれに該当することで、困り果てていた。


「気のせいかな…いや、違うよね…気のせいじゃない…」


お互いに好意を持っているが、名家に産まれた者として、襟を正して生きていかなければならないという自負がある。

愛のない夫婦生活といえど、それでも離縁は成立していないため、そのような状況で不貞を働くわけには絶対にいかないのだ。


――朔が雛菊に好かれていると教えられてから今以上に意識してしまっていたが…今日の雛菊の態度で、それは確信となった。


「離縁するまでは何もしない。何も…絶対に」


雛菊に誘われても絶対に乗ってはいけない――気付いていないふりをすればいい。

言うのは簡単だが自分にできるだろうかと思い悩んでいると、庭の木に止まっている鳥型の式神に気付いて縁側に出た。


「朔兄からだ」


指に止まると文になり、開いてみると、朔の読みやすくきれいな字を目で追いながら唸った。


「やっぱりまた日高の方に行ってるのか」


あちらは都から遠いため、不穏な動きが以前から活発だ。

南下すれば朔の目が届くため、恐らく駿河は北へ北へ逃げているはず。


「そろそろ泳がせるのももういいかな」


時間は十分与えた。

死を間際に済ませたいことは全て済ませられるほどの時間を与えた。


「僕の怒りはどれほど時間を置いても収まることはない」


刀で切り刻んでやる。

一切の慈悲を与えずに。