天満つる明けの明星を君に【完】

その部屋は駿河の私室で、普段は雛菊もあまり入れない部屋だった。

小さな部屋から匂う腐臭は強烈なもので、天満は百鬼夜行についていった時、それを嗅いだことが何度かあった。


「雛ちゃん…これはもう、黒だね。真っ黒だよ」


「やっぱり…やっぱりそうなの…?旦那様は…」


両手で顔を覆った雛菊は、その場にぺたんと座り込んで――嘆いた。

そして絶望の海に溺れながら、涙声でとうとう告白した。


「旦那様は…人を…食べてる…」


「…うん。この部屋のどこかに人体の一部があるはず。雛ちゃんは離れてた方がいい」


「天満様…ごめんなさい。そうかもしれないと思ってたけど、確信が持てなかったの。天満様が助けに来てくれたから、その匂いがするものを持って逃げれなかったってこと…?」


とうとう匂いを発する根源のものにたどり着いた天満は、机の引き出しが二重底になっていることに気付いて、そこから手拭いに巻かれたものを取り出した。


…もう見なくてもそれがなんだか分かる。

だが天満は雛菊が疑いながらも駿河をなんとか信じようとしつつ助けを求めてきた原因をちゃんと見せなければならないと思い、それを座り込んだ雛菊の前に持って行って屈んだ。


「いい?開けるよ?」


「う、うん…」


何重にも巻かれた手拭いをゆっくり開いた。

どんどん腐臭がきつくなり、その刺激臭が目に沁みつつも雛菊は顔を逸らさなかった。


「…指と…目…っ!」


「…もう閉じるよ。これは僕が後で供養するから」


腐臭から察するに、指と目の本来の持ち主は殺されてもう数日経っているだろう。

後でゆっくり堪能しようと思って家に持ち帰ったであろう駿河は、持ち出すことが叶わず逃亡生活を続けている。


「僕はこの薬をお祖父様に調べてもらうから、早く家に戻ろう。長くここに居ちゃ駄目だ」


座り込んで立てない雛菊を抱き上げた天満は、その辺で見つけた革袋に指と目を包んだ手拭いを入れて早々に宿屋を出た。


それからずっと雛菊は黙り込んだままだった。

天満は咎めることも問い質すことも一切せず――ただただ、雛菊を抱きしめていた。