天満つる明けの明星を君に【完】

中へ入ると、踏み込んだ時と何ら変わらない光景があった。

何かを持ち出したような形跡は一見なく、ただやはり夫婦の寝所となっていた部屋は荒れたままだった。

天満はなるべくそこに近付かないようにしつつ、あちこち見て回っていたが、その時雛菊が小さな声で呟いた。


「売り上げを入れてた葛籠がない…」


「じゃあやっぱり逃げたんだね。ふうん…息子を見捨てて自分たちだけ逃げたのか。うちじゃ絶対あり得ないな」


父の十六夜は普段は冷徹冷淡で無表情無口といったいいとこなしの感じだが、家族が関わる凶事があると途端に豹変して我が身を省みることなく戦う姿を見てきた。

だからこそ一人息子の駿河を見捨てて逃げ出した両親のことも、許せなかった。


「天満様、その戸棚に入ってる小さな葛籠ね、錠がかかってて…旦那様絶対触らせてくれなかったの」


「これ?開けてもいい?」


頑丈な錠前がつけられた小さな葛籠は、観音開きの戸棚の奥の方にあった。

天満はそれをじっと見つめた後、刀の切っ先をねじ込んで錠前を切断した。


「これは…」


中にはいくつかの包み紙が入っていた。

何かしらの薬だと判断した天満は、それを覗き込む雛菊を下がらせて手拭いを手渡して口を塞ぐように言った。


「雛ちゃんはそれ以上近付かないように」


「うん。それ…なに?」


「開いてみるよ」


天満も手拭いを口元にあてて頭の後ろで縛ると、包み紙をゆっくり開いた。


――中には白い粉末が入っていたが、見たところそれが何かは分からない。

幼い頃から毒の耐性はつけてきたが、こんなに厳重に隠されていたのならば普通の薬ではないのだろう。


「これはお祖父様に助けてもらわないと。あと…」


どこからか、腐臭がしていた。

雛菊も気付いていたが、表情を曇らせて俯いていた。


それがきっと、雛菊が一番伝えたいことなのかもしれない。


「雛ちゃんこれ持ってて」


薬の入った葛籠を雛菊に持たせた天満は、手拭いを取って腐臭のする方に進んだ。


…嗅いだことのある匂いだ。

駿河はもっと重い罪を犯しているのかもしれない――

絶対に許されない罪を。