天満つる明けの明星を君に【完】

雛菊は、ほとんど話さなかった。

頷いたり時々小さく笑ったりして反応はあるものの、時々うなされるのか、悪夢を見たと言って泣くことも多かった。

…身体の痣は薄くなっても、心の傷は癒えない。

相当に苛烈な暴力を振るわれたのは明白で、恐らく骨折はなくともあちこち骨にひびが入っているのか身体を動かすと痛がった。

それでも女の子だから風呂には入りたいだろうと思い、一日に一度は風呂に入れてやった。

温泉を引いているため何かしらの効能があるらしく、風呂に入る度に身体の傷が癒えている気がしていたが、それは雛菊も同感だったらしく、気持ちよさそうにしていた。


――ただ、天満とて立派な成人の男。

介護のためとはいえ雛菊を脱がせて身体を洗ってやり、湯船に浸からせる一連の補助は、潔癖であらんと努めているものの――目のやり場に困ることも多い。

しかもまだ女を知らないため、知識はあれどどうしても興味が先に立ってしまって、ひとつの言葉をずっと頭の中で念じ続けていた。


「心頭を滅却すれば火もまた涼し…」


「…今、何か言った?」


「え!な、なんでもないよ。雛ちゃん、そろそろ上がろうか」


目を離すと雛菊が不安がるため常に目の届く場所に居た天満は、そろそろ湯着を着てもらおうと思いつつ冷静を装って湯船から雛菊を抱えて出すと、大きな手拭いを持たせた。


「自分で拭ける?ちょっと濡れちゃったから僕も着替えよう」


隣で腕を抜いて脱ぎかけた時――雛菊の視線を感じてはっと我に返った。

まだ男の身体を見るのは怖いのかもしれないと後悔して後で着替えようとまた着直そうとすると、雛菊がそっとその手を止めた。


「雛ちゃん…?」


「濡れてるから…脱いで。私、大丈夫だから…」


雛菊は裸を見られても恥ずかしがる余裕がないのか、平然としていた。

だからこそ男の自分が恥ずかしがるのはみっともないと思い、鍛え抜かれた濡れた上半身を晒して拭いてもらった。


「着替えは自分でするから。ありがとう、雛ちゃん」


「うん」


普通の会話ができる喜び。

少しずつでいいから、回復してほしい。

そして君が回復したら――僕は始めるからね。

君に苛烈な暴力を振るった以上の、苛烈な制裁を。