…と、その時。伊織が顔を歪め、咳き込んだ。けほ、けほ、と、背中を丸める。

とっさにさすろうとした千鶴を制止する伊織。目を見開いた千鶴は、何かを察したように呟いた。


『…!まさか伊織、お前まだ病が……』


呼吸を落ち着かせ、目を閉じた伊織。彼は何も答えなかった。

宴会場で、銀次に耳打ちされた言葉が蘇る。


“…伊織殿…。今のお身体に、酒は毒です。薬が効かなくなりますぞ…”


「……気持ちなんか伝えたって、苦しめるだけだ。華さんは、もうじき元の世界に帰る。」


『…!』


「……“時間”が、ないんだ。」


それが、どの“時”を指しているのか、千鶴には分からなかった。

すっ、とすれ違って廊下の奥に消えた伊織の背中を、千鶴はただ、見つめることしかできなかった。


其の参*終