華が、戸惑ったような顔をした。
「…どうして?」
「…俺が死んだら、独りにさせてしまうでしょう?」
それは、まるで自分がこの世から居なくなることが前提であるかのような言葉だった。
「戦乱の世では、当たり前のことですよ。…華さんには、分からないかもしれませんが。」
何かを誤魔化すようにそう続けた彼に、華は黙り込んだ。夜の静寂が部屋を包む。差し込む月明かりに、いつもと同じ伊織の横顔が照らされた。
華は、すっ、と伊織に背を向けた。長い髪の合間から、綺麗なうなじが覗いている。ひどく無防備にみえる彼女。伊織は、すっ、と目をそらす。
華は、そんな伊織に背を向けたまま、ぽつり、と呟いた。
「…そうは言ったって…人を好きになったことくらいあるでしょう?」
「え?」
「…今、伊織が思い浮かべる人は、一人もいないの…?」
伊織の白銅の瞳が揺れた。
「…俺は………」
切なそうな声が、部屋に響いた。
伊織の視線の先に華がいることに、こちらに背を向けた彼女は気付かない。伊織本人でさえ、自分が今どういう表情をしているのか分からないのだ。
「…私じゃ…だめかな…」
「…!」
時が、止まったような気がした。
気づいた時には、伊織が華の手を取っていた。強く絡められる指。彼女が、はっ、として振り向くと、伊織は華の顔の真横に手をついた。
彼の熱っぽい瞳が華を映す。至近距離で二人の視線が交わり、お互いもう逸らせない。
「…い、おり……?」
「………!」
その時。伊織が、小さく呼吸をした。
…すっ。
離れていく彼の手。
華は、まどろみの中で、部屋を去っていく彼の背中を見つめていた。
…そして、ゆらゆらと再び心地よい睡魔に襲われ、そのまま夢の中へと落ちていったのだった。