ほっ、とした私は、伊織に笑いかける。


「…伊織。私の前では、陽派の当主じゃなくていいからね。」


「え?」


きょとん、と、する彼。私は、そんな伊織を見上げて続けた。


「私は、仮とはいえ、今は貴方の“妻”だから。」


「!」


「私の前では、気を遣ったりしないで、ただの“伊織”としていてくれればいいの。」


彼の心が安らぐ場所になれたらいい。私が、少しでも彼を支えられると言うのなら、この、臆病で弱い部分を必死で押し込めて笑う彼の力になりたい。

伊織が、ふっ、と微笑んだ。それは、今まで見た笑顔とは違う、心を許したような表情だった。


「…っ。じゃあ、私は戻るね。」


…と、私がくるりと背を向けて歩き出そうとした

その時だった。


ぎゅっ。


(!)


ふいに、手を握られた。ぱっ、と振り返ると、伊織がまっすぐ私を見つめている。


「…華さん。…一つ、言い忘れました。」


「?」