この人は、さらっと口説き文句を口にする。彼に落とされた女性は一体何人いるんだろう。

にこやかな表情から、深い意味はないと分かるが。

…私は、そんな彼に押され、こくり、と頷くことしかできなかった。


「わ、私でよければ…」


「本当ですか!」


ぱあっ!と見せる笑みが眩しい。千鶴は、“面白いことになった”と、この状況を楽しんでいるようだ。


「あの、伊織さん…」


名前を呼ぶと、彼は穏やかな口調で言った。


「“伊織”。」


「え?」


「伊織、と呼んでもらって構いません。敬語も不要です。貴方は、私の妻なのですから。」


(そういう貴方は、私に敬語を使っていますが…。)


“私の妻”というワードは、なんて破壊力があるんだろう。さりげなく言われた言葉に、どきりとする。


「…あぁ。神城家になんと報告しよう…」


笑みを浮かべて盛り上がる私たちをよそに、咲夜さんだけが頭を抱えてそう呟いたのだった。



其の壱*終