伊織の発言が彼の中の何かに触れたらしい。急に掴みかかろうとする元彼に、私はつい、哀れな目を向ける。
やめておけ、あんたの前に立つ男は…
ギリッ!
伊織は、さらり、と男の手をかわし、素早く腕をひねり上げた。激痛に顔を歪める元彼が、不憫でならない。
数週間前まで刀を片手に死線を潜り抜けてきた伊織に、一般人が敵うわけがない。
すると、伊織が聞いたこともないような低い声で言い放った。
「…お前、華を傷つけておいて、今さら何しにした?華の優しさに甘えるのもいい加減にしろ。」
「ひっ…!」
「…二度と俺の華に近づくな。とっとと帰れ。」
(…っ。)
ブン!と元彼の腕を振り払った伊織。男は、逃げ帰るように去っていく。
私は、どくどくと騒ぎ出す胸を押さえながら、男を見送る伊織の背中を見上げていた。当主としての伊織に月派から守ってもらったことはたくさんあるが、歳下の彼にこうやって“男”として守られるのは初めてだ。
(伊織が、あんなことを言うなんて。)
…と、その時。いつもの穏やかな笑みで振り返った彼は、つい、堪えかねたように吹き出した。
「あはは!華さん、どうでしたか今の。千鶴みたいでしたか?」
「えっ!」
「いや、ああいう男を追い返すには、千鶴みたいに振る舞うのが一番いいと思いまして。参考にしてみました。」
たしかに、言われてみれば口調が似ていたような。…“こんな男のことが好きだったのか?”発言は、彼の本音だと思うが。
「ありがとう。伊織がはっきり言ってくれて、すっきりした。」
私の言葉に、彼はにこりと笑って歩き出した。
…そして、刻々と時は過ぎ。
この世界に来て初めて二人で過ごす夜が始まったのです。
其の伍*終