「伊織。今日、何食べたい?」
「…!作ってくださるんですか?」
「うん。…きっと、伊織の作るご飯の方が美味しいけどね。」
「そんなことないですよ、嬉しいです。…では一緒に作りましょうか。」
にこにこと笑う彼。なんか、今の会話って、新婚さんみたい。…なんて、浮ついた考えが頭をよぎる。
きょとん、とする伊織を見て恥ずかしくなった私は、照れて赤く染まった頰を隠しながら、すたすたと彼の前を歩いたのだった。
**
「もうすぐつくから。」
目の前に現れたのは、小さなマンション。家賃は安めだが、オートロック付きで結構設備はいい。
初めて高い建物を見た伊織は、まるで高層マンションを見たようなリアクションで目を丸くした。
「…ずいぶん高い城ですね。もしかして、華さんは武家の姫なのですか?」
「違う違う!…あのね、伊織。この国にもう姫はいないよ。」
…と、ほのぼのとした会話を交わしていた、その時だった。
「…華?」
「!」
突然、後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声に、ぱっ、と振り向くと、そこには、年下女に浮気をして私を捨てた、かつての恋人が立っていた。
予想外の人物に立ち尽くす私。なんて、バットタイミング。ここで会わなくたっていいのに。
幸せの絶頂だった気分が、空気の抜けた風船のようにしぼんでいく。