『伊織。』


名を呼ばれ、顔を上げた。桃色の瞳が、まっすぐ伊織を見つめる。


『胸の“淀み”は、いつからだ。』


「!」


『俺が気付かんとでも思ったか。あの鈍感鶴でも気づいておるわ。』


その問いに、伊織は目を見開いた。ふっ、と息を吐いた彼に眉を寄せた花一匁は、低く尋ねる。


『…姫には、言わんつもりか?』


伊織は、無言でまつげを伏せた。彼女の顔が浮かんでくる度に、言葉を飲み込んで消していく。


「彼女に、俺といる未来を選んで欲しくない。もし病のことを伝えれば、優しい彼女は意地でも残ると言うでしょう。」


『…!』


覚悟を決めたような伊織の瞳に、花一匁は目を細めた。


「…彼女が愛しいからこそ、言えないんです。」


『…。』


それは、迷いのない言葉だった。

しかし、傷つけないための優しさが、今、華を泣かせている。そのことを、伊織もよく分かっている。


『…神には分からん思考だな。』


そんなことを言った花一匁も、それ以上伊織を咎めることはしなかった。

…そして、二人がこのような会話をしていることを、華は知る由もなかったのです。



其の肆*終