デート当日。


 わたしたちは、学校最寄りの駅前で待ち合わせをすることになった。


 もちろんわたしは眠れませんでした。服も途中で愛鉢を読みふけっちゃって決める時間が全然ありませんでした。


 一応、八重ちゃんが来てたのを参考にしてシンプルにデニムジャケットとワンピース、下にレギンスって感じにしてるんだけど。名取くんには、どう見えるかな……? 気合い入れすぎないけど可愛いかなって、自分では思えてるんだけど……。


 駅に着いて、時間を確認する。十二時五十分。ちょうど十分前だった。


 まだ名取くんは来てないみたい。こ、これは、「ごめん、待った?」「ううんっ、今来たとこ!」っていう少女漫画の王道展開になるんじゃないかな!? うわ~、密かに憧れてた~!


 ついつい妄想に浸ってしまうわたし。こんなところ、名取くんに見られたら恥ずかしすぎる。


 なんて思った矢先に、



「あっ、朝霧さん。こんにちは」



 見られてしまったーーっ!!



「な、なな名取くん! こんにちは!」



 え、どうしようどうしよう。名取くん、どこからいたの? 緩みきって気持ち悪いわたしの顔面は、見てないよね? 見てないって思っていいよね!?



「えっとじゃあ、行こっか」


「えっ、う、うん……」



 あれ……? な、なんか、さらっとしてない……? いや、別に、服装を褒めてもらったりだとか高望みはしないけど、あっさりしすぎているというか。


 あーいや、たぶんデートだって意識して盛り上がってるのはわたしだけなんだろうけど……。少女漫画の読み過ぎなのかなぁ、現実って、こういうものなの?


 ……それにしても名取くんの私服、めっちゃかっこいいわ。白のパーカーにジーンズ。とてもシンプルでラフである。


 特別オシャレってわけじゃないんだけど、名取くんが着ると全て輝いてしまうんだから仕方ない。わたしもあんまり気合い入れすぎないでよかったかも。


 でも逆にそれって、意識されてないってことなのかなぁ。最近は友達くらいの立ち位置にいるとは思うんだけど……あれ? 友情から恋愛に発展するのって難しくない? 少女漫画ではだいたい当て馬キャラの立ち位置なんじゃ……。


 じ、自信なくなってきた……。もうちょっとわかりやすいアピールしていかないと、友達地獄からは抜け出せないよ!



「……」


「……」



 な、何も会話が思いつかないんだけど! え、初デートってこんなものなの? 緊張はするけど、それっていつもしてることだし……頭が真っ白になってきた……。


 名取くんは何も感じてないんだろうな……ととなりの名取くんを見上げると、ばっちりと合う、目。そして、すぐに逸らされてしまう。


 そう……名取くんも、わたしのことを見ていた。


 一瞬で顔が熱くなる。う、あ、あ、どうしよう……っ! わたし、うぬぼれてしまう! もしかしたら名取くんも緊張してて、わたしと同じ気持ちなんじゃないかって! 違う、そんなわけないのに!



「えっと……ごめん。何を話していいかわからなくて……というか、普段何を話してたのかも思い出せない……」



 名取くんが頬を人差し指でかきながら言った。


 わたしはというと、ドキドキと心臓が高鳴って、ついに名取くんの顔すら見られない状況になってしまった。幸い名取くんはこっちを見ずに話している。な、何か返事をしないと、彼がこっちを向く前に!



「わ、わたしも! ……そうだよ、だって……」



 駄目だ、わかりやすすぎる。こんなんじゃ、名取くんにわたしの気持ちがばれてしまう。いや、ばれていいのかな。でも……もし拒否されてしまったら。


 わたしが今までなかなか一歩を踏み出せなかったのは、自分自身の弱さにあるんだ。いつか、そんな自分を変えられたら。


 でも……それは、今じゃなかった。今は、まだちゃんと向き合えないよ……。



「あ……あっ、えっと、そう! もうすぐ、着くね。俺、今日のために愛鉢を読み返してきたんだ!」



 慌てて話題を探してくれる名取くん。その一生懸命な姿に、胸が徐々に温かくなる。やっぱり、好きだなぁ。



「わたしも、読んできたよ」



 名取くんに、少しでも褒めてもらうために——というのは飲み込んで。本当に付き合ってる男女じゃあるまいし、期待しすぎはいけないよね。


 わたしの言葉に名取くんが食いついて、笑顔でこちらを振り向いてきた。すっかり顔の赤みは引いていて、だけどやっぱりわたしは彼の笑顔に弱い。


 熱くなる頬じゃなく、温かくなる胸が心地よかった。




 漫画喫茶に着く途中、先に時間は四時までにしようと決めて、先払いするお金を奢ろうとする名取くん——少女漫画のヒーローならこうするという理由で——は、さすがに学生だからとわたしは割り勘を押し切った。


 そしてやっと着いた漫画喫茶。一面漫画だらけの本棚がカウンターからでも目に入って、興奮する。ぐるりと見渡して少女漫画のコーナーを見つければ、真っ先にあそこへ行くと誓う。


 お金を払うため二人でカウンターへ近づいた、そのとき——カウンターの上に乗っていた料金表に目を奪われた。


 ぺっ、ペアシート……っ!!


 それだー! というようにわたしの体には電気がびりびりと走り、名取くんが時間を言う前に体が勝手に動いていた。


 その、ペアシートと書かれた表を指さして……



「ペアシートで! お願いします!!」



 名取くんの意見も聞かずに暴走してしまったわたしが存在したとさ。


 あたりまえなことに、名取くんは驚いてわたしの方を見ている。さっき二人でどうするか決めたのはなんだったのか。ペアシートなんて言葉、微塵も出ていなかったというのに。


 衝動が抑えきれなかったわたし。もう言ってしまった後じゃ、訂正する気もない。むしろ、よくやったわたし! とガッツポーズで達成感を味わいたいくらいだ。


 名取くんが慌てて変えてくれたらよかったものの、驚きの表情の後にはいつも通りの緩い笑顔で店員さんに頷いていた。あれ!? いいの!? ペアシートだよ? 二人きりだよ!?


 やっぱり望みはあるんじゃないかと、ドキドキしながらお会計を済ませて、ペアシートへ向かう名取くんの第一声。



「ここ、映画とかも見られるんだよね? 俺見たいのあったんだー。朝霧さんもそうなんでしょ?」



 ……うーん。いや、わかりきってたことだけどさ。


 名取くん攻略難しすぎるな。


 ほぼ個室なことになんの疑問も、照れすら感じ取れないんだけど。ちょっとさすがに傷ついてきたよ。絶対女子だと意識されてないよ。わかってたけど、知ってたけども!


 でも、せっかくのペアシートだし! これは頑張るしかない!



「あ、朝霧さん朝霧さん」


「えっ、あ、どうしたの?」


「これ」



 名取くんは小走り気味に本棚へ近寄って、わたしに手招きした。そして、一冊の漫画を指差す。その本棚は、さっきわたしが見つけて行こうと思っていた少女漫画のところ。


 名取くんが指を指したのは、愛鉢だ。絶賛四巻まで刊行中である。



「もう一回、今度は二人で、読み返さない?」