和久津くんから解放された帰り、予定通り本屋さんに寄って目当ての本を手に取る。名取くんと話す話題は増えるというのに、気分はさっぱりしなかった。


 和久津くんの表情が……頭から離れない。


 いつもの上からな感じじゃなくて、まるで懇願してるような。叶わないとはわかってるけど願ってるような、そんな感じ。


 てっきり和久津くんは名取くんと結ばれる前のラスボスだと思ってたんだけど、違うのかな。でも確かに、物理的な嫌がらせはされたことないかも。


 ぼーっと意識を手放していたわたしは、気がつくとお会計を済ませていた。こんなに名取くん以外のことを考えたことはなかったから、頭が混乱したに違いない。


 本屋さんを出たと同時に鞄の中のスマホが震える。道の端に寄って確認すれば、葵ちゃんからのメールだった。



『和久津になに言われたかわからないでござるが、どんなことであれ気にしたらダメでござるよ!』



 葵ちゃんらしい内容に、少し心が落ち着く。


 和久津くんもあれ以上なにも言ってこなかったし、表情を思い出すと……ただ言いたかっただけなのかもしれない。


 わたしにどうこうしてほしいとかではなくて、怒りをぶつけて満足したかった。そういう、ことなのかな。


 そうだったら……いいな。



 家に帰って、買った本をめくった。名取くんから聞いた通り、幼なじみ二人の純愛もの。まさに王道といった、両思いなのにすれ違いを重ねていく話。


 優しくて大好きだった幼なじみが、疎遠になって会わなかった内に変わっていて、主人公の女の子が困惑しているところから始まっている。


 名取くんは確か「話は王道なんだけどサブキャラが個性的でね……」って言ってたよね。今のところ、まだメインの二人しか出てきてないけど……。



「……あっ」



 ページをめくると、出た。主人公の親友の女子キャラ。見た目からもう個性的感にじみ出てるね。制服のスカートには、フリルとよくわからない金属のアクセサリーやチャームがぶら下がっている。見事な改造制服。


 えっ、なにこれ、出てきて一言目が、「我が目覚めの刻が来たようだな……」って。それに主人公、普通に「うん、おはよう」なんて返しちゃってるし。これ、挨拶だったの?


 読み進めると当て馬な男子も出てきて、いったい次はどんなのかと身構える。


 主人公に異様なまで絡んで、「これあげるよ」と鞄から取り出したのは——折り紙で折られた完成度の高いイチゴ。


 彼は、折り紙愛好家だった。しかも、それを利用して主人公の気を引こうとしている。さっきとはインパクトがいまいち小さいけど、鞄に詰められた彼の作品の数々には正直感動よりも先に引いた。


 作品ひとつひとつの説明を長文でしてくるもんだから、一応悪い意味で気は引けてると思う。



「折り紙……」



 ふと、葵ちゃんの手裏剣を思い出した。葵ちゃん、たくさんある手裏剣でたったひとつ、すごく大事にしてるのがあったよね。あれだけなにかあるのかな。


 あれは絶対和久津くん以外には向けないし、触れさせようともしないんだ。前に一回拾おうとしたら、その手裏剣だけ止められたこともあった。それだけ、特別なものであることは間違いない。


 手裏剣かぁ。昔数回折ったけど、もう折り方忘れちゃったな。折り紙自体高校生になってから存在が薄れつつある。今なにか折れって言われたら、やっこさん辺りが限界じゃない? いや、それさえも怪しいかも。


 あ……なんか折り紙、久しぶりに遊びたくなってきた。


 今度、葵ちゃんに手裏剣の折り方を聞こうかな。