「ほら。遠慮しなくで。
 私が付けているよりもクマも喜ぶ。」

 改めて差し出されたクマは有無を言わさず私の膝の上に転がされた。
 彼はエンジンをかけて車を発進させた。

 クマを手にして微笑むと一気に和やかな気持ちになって固くしていた体を緩ませて深くシートに体を預けた。

 なんだか全てを見透かされてるみたい。

 苦笑しつつもそれが今はそんなに嫌じゃなかった。

「今日は本社に慣れる為の同行と思ってくれたらいい。」

 マニュアル車を運転する彼に見とれそうになって極力、彼を見ないように注意する。

 流れるような運転さばきも、真剣な横顔も、至近距離で見るには刺激が強過ぎる。

 不意に松山さんの「好きなんでしょう?支社長のこと」という台詞が頭の中に巡った。
 いやいやいや、と慌てて心の中で否定する。

 倉林支社長のこんな姿を見たら誰でも見とれるでしょう。
 イケメンの不可抗力!

 ドキドキと騒がしい鼓動を誤魔化す為に前から思っていたことを口にした。

「ここ数日、残業が当たり前になってしまって、度々倉林支社長にお弁当や差し入れを頂いてますよね?」

「あぁ。残業が当たり前なんて良くないことだけどね。」

 すまなそうにそう言った彼は未だに残業代の代わりのつもりもあるのかもしれない。