東京からの帰る新幹線を待つホーム。
近くで電話をしている男の声で「かのん」と聞こえて苦笑する。
幻聴かはたまた、たまたま同じ名前を聞いて胸が高鳴るなど、俺はどうかしてる。
そう思いながらも聞き耳を立てている自分に自嘲した。
俺はそうまでして彼女のことが…。
しかし運命の悪戯とはよく言ったものだ。
漏れ聞こえる電話の内容からその男があの元彼のようだった。
電話の終わった彼は近くにいた俺に話しかけてきた。
人好きのする優しそうな青年は彼女とお似合いに思えて胃がキリキリと痛む思いがした。
「今日は混んでいますね。
急いでて指定席を確保しなかったのは失敗ですね。」
へへへっと笑う彼に毒素を抜かれた気分だ。
変わらず胃はキリキリと痛い。
「これ。良かったら。俺の隣ですが。」
今日は誰とも関わりたくなくて自分で隣の座席の指定券も買っていた。
それを彼に差し出した。
「いいんですか?」
「あぁ同僚が行けなくなったから。」
適当な嘘は彼の為じゃない。
自分が、彼が花音をどう思っているのか探りたいだけだ。
「それは有難い。お金…。」
「いいですよ。どうせ会社の金だ。」
「それじゃ遠慮なく。」
彼女のことがなければ居心地のいい雰囲気を醸し出す彼に心和やかになれただろう。
少し話しただけでも彼の人の良さが伝わってくる。

