終業時間が過ぎ、今日は週に一度ある定時で帰る日だ。
 口煩く帰れと言っているお陰か残っている者はいない。

 コーヒーでも飲んでから帰ろうかと席を立った俺の視界に彼女が映って思わず身を潜めた。

 何も隠れなくてもいい。
 けれど彼女の様子がおかしくて陰から様子を伺った。

「支社長を食事に誘うなんて…。」

 ブツブツ言う彼女は何度も深呼吸をしている。

 あぁ。また、あの儀式をさせられるのか。
 一時、ひどかった私関連の女性社員のトラブル。
 だから独身女性を配属させるのは嫌なんだ。

 ため息をつきそうになって目を丸くした。
 それは彼女が続けた独り言の所為だ。

「あんな人じゃないみたいに綺麗な人を食事に誘うなんて緊張して死ねると思う。」

 何を……。
 俺に対して冷めた対応をしていたじゃないか。

 あろうことか彼女は手のひらを凝視してそれから何かを書いてパクッと食べるフリをした。

 もしかして『人』を書いて食べてるのか?
 それを大の大人が?
 しかもあの近寄り難いほどの美人が?
 俺を食事に誘う程度で?

 彼女はそれでもジタバタと恥ずかしそうにもがいてから急にキリキリと表情を変えた。

 彼女の表情の違いに目を奪われていたが、ハッと気がついてここにいてはいけないと、急いで課内のいてもおかしくない場所に舞い戻った。