「そんなこと……。」

「そんなことないって嘘でもいいから言ってくれないか?」

「崇仁さん……。」

 目を伏せて瞬く彼の瞳は憂いを帯びていて切なくてやるせなくて言葉をこぼした。

「嘘なんかじゃないです。
 私は崇仁さんに婚約者がいるって知ってショックを受けて元彼に寄り掛かろうとしました。」

 崇仁さんが息を飲んだのが分かった。
 私はそれでも続けて話した。

「けれど出来なかった。
 出来なかったんですよ。」

 再び息を飲んだ彼が目を丸くして私を見つめる。
 私はただ思いを告げるだけだ。

「悔しいけど流されてしまうのも……。
 どうしてか崇仁さんしか無理だったんです。
 手さえ繋いでないですよ。
 触れたいって……。」

「思ったのかい?」

 元彼に。そう続きそうな彼の切ない声色に胸がギュッとつかまれた気がした。

「思いましたよ。」

 ハハッと力ない笑いを吐く崇仁さんに言葉を重ねた。

「思ったのは崇仁さんにです。
 触れたいって思うのも、どうしてか崇仁さんだけなんです。
 だから仕方ないんです。」

 そこまで、後半はやけくそ気味に話し終えると彼から不平をぶつけられた。

「俺を虐めて楽しんでるの?
 さっきのは心臓が抉られたよ。」

「だって、今さらそれを聞いてどうするんですか?
 私が、元彼とヨリを戻そうとしてました。
 って言ったら?
 元彼と一線を越えました。
 って言ったら?」

 好きだって、お互いに気持ちを伝えあったのに。
 さっきまでの甘い雰囲気は嘘だって言うの?