視界の中の彼女の笑顔がとびきりの笑顔に変わった。

「崇仁さん。」

 たかひろさん……。

 上手く咀嚼できなくて吐き気がした。

 倉林支社長は彼女に呼応して声をかけた。

「視察は済んだだろう。駅まで送ろう。」

 彼女を映す彼の瞳はこちらを見てもくれない。

 当たり前だ。
 私はただの部下で一夜の過ちを犯しかけた面倒な相手でしかない。

 恥ずかしくて逃げ惑っていた自分が滑稽だ。

「大丈夫?花音ちゃん。
 前から噂はあったんだけどね。
 ただの噂だと思うから。」

 松山さんの慰めの言葉も今は心に上手く響かなかった。

「すみません。
 ちょっと休憩に行って来ます。」

 急いでトイレに向かった。
 吐き気がしてどうせなら全てを吐き出してしまいたかった。

 トイレに向かうとどうしてか先ほどの彼女が歩いていた。

「すみません。お手洗いってどこかしら。」

 人生って皮肉だ。
 彼女と話す羽目になるだなんて。

 彼女はポケットから携帯電話を取り出して「新幹線の時間、平気かしら。崇仁さんが本社まで送ってくれるかな」と呟いた。

 彼女の言葉にあの高級車が思い浮かんで、ハハッ。車でさえ彼女にお似合いじゃない。と心の中で嘲笑した。