「明日、そちらの会社に今着ているもの全てお返しに行きますから」

ナフキンで口元を拭う。

「別に返す必要はない」

「でも貰う理由がありませんから……」

「返されても困る。他の女が着たものを誰が望んで着る?ごみに捨てられるだけだ。忍びないだろう」

この人の口の上手さは、仕事だけでなく、女性にも有効だろうと思った。

「じゃあ、お金を……」

「不粋な事言うなよ、」

不粋って……。

「じゃあ、御園生さんはどうして欲しいんですか?」

「……それ。」

「それ?」

モノを示されたのかと思い、自分の体を見回す。

「……そろそろ、名前くらい教えてもいいんじゃないか?」

……名前?

「あんたは俺の名前を知ってるだろ。」

「あ……あれ?」

そう言えば私、名前だけじゃなく自分の事を何も話していなかった。

「会社員じゃねぇだろ?名刺出されて返さない所を見ると」

御園生さんは、ナフキンを置いて立ち上がり、私にも出口へと促した。

黙って後を追う。

御園生さんはカードで支払いを済ませ、店から出ると、店の前の階段の隅に腰掛けた。

「あの、ごちそうさま……でした」

私の言葉に首をふり、「いいよ」と短く笑う。

「あのさ。……名前も教えたくないくらい、俺はまだ、信用に値しない人間か……?」

私を見上げて口を開く。

そう言った御園生さんは、今迄私が見ていた人物とは、まるで別人かと言いたくなるくらい殊勝な様子で。

私は戸惑うばかりだった。

……さっきまでの、『強引』『毒舌』な彼はどこへ??

「……橘(タチバナ)です。」

「タチバナ?」

ふうっと息を吐いた。

諦めてもう一度自分の名前を口にした。

「橘 舞夏(タチバナ マイカ)です」