足もとにある小石を拾い上げ、狙いを定めて肘を後ろに下げる。

あとはキャッチボールの要領で、そのままスローイング。
うまいこと当たった小石が枝を揺らし、ひらりとハンカチが落ちた。

再びそれを風にさらわれる前に、今度はジャンプでそれをキャッチする。



『ごめん、ちょっとシワついたかも。はいこれ』



ハンカチを差し出すと、彼女はポカンと目を丸くして俺のことを見上げていた。

不思議に思って首をかしげれば、我に返ったように慌てて受け取る。



『あ、ありがとう! すごいですね、いろいろ鮮やかすぎて、びっくりしちゃった』



そう言った彼女が、ふにゃりと顔を綻ばせた。

自分よりずいぶん低い位置にある笑顔に、胸の奥が得も言われぬざわつきを覚える。

けれど俺がそのことに思いめぐらすより早く、校舎から予鈴が聞こえてきた。



『あ。やべぇ……』

『うわああごめんなさいごめんなさい!! 私のせいで……!!』

『いや、話しかけたの俺だし。というか、たぶん走ればまだ間に合う』



言いながら、地面に置きっぱなしだったエナメルバッグを持ち上げる。

彼女を見ると、なぜか気まずそうに苦く笑っていた。



『どうぞ、行ってください。私は諦めてゆっくり歩くので』

『いいのか?』

『はい。私信じられないくらい運動音痴で体力ないから、無理しないでおきます』

『……そう』



後ろ髪を引かれながらも、『それじゃあ』と俺は駆け出した。

結局、朝のホームルームにはギリギリアウト。
だけど担任に通院のことを話したら、今回だけ大目に見てくれるということになった。

桜の木の下であった出来事に関しては、誰にも言わなかった。
なんとなく、自分の中だけで留めておきたかったから。