視線を泳がせて言い淀む私を、柊くんはじっと見つめているようだった。

煮え切らないこちらの態度に、何かを思ったのか。私の次の言葉を待つことなく、彼が重ねる。



「やっぱり……前に付き合っていた男が、忘れられないのか?」



バッと、反射的に柊くんを見上げた。

彼の顔に、同情や嘲りはない。
向けられているのは、ただ単純に私の答えを待っているだけとわかる静かな眼差し。

柊くんのその表情を見て、胸にわき起こったのは安堵と羞恥が入り交じったなんともいえない気持ちだ。

知らず知らず強ばっていた身体を、ため息と同時に緩めた。



「……お母さんたちから……私の話、聞いてるんだもんね」

「ごめん。デリケートなことなのに」



そもそも、私の事情を勝手に伝えたのはうちの母だ。

なのに律儀に謝ってくれる柊くんに、思わず苦笑する。



「柊くんが謝ることじゃないでしょう。それにもう、1年以上経ってる。未練なんて全然ないよ」



彼が疑う余地を作らないよう、キッパリと言い切った。

視線を地面に落として「そうか」とつぶやいた柊くんに、ちゃんと本心なんだと伝わっていることを願う。

まだ花をつける気配すらない桜の木をふと見つめ、私は少し前に自分が掴みかけた、ありきたりなしあわせのことを思い返した。