「まあな。前より、花倉の顔が遠くなった」



そんなことを言って、開いた空間を埋めるように少し屈んで顔を覗き込んでくるから、私はまた心臓を大きくはねさせる。

とっさに返す言葉が出ない。薄く口を開けたまま硬直しているうち、柊くんは何かに気づいて身体を起こした。

そして、とある木の傍らで足を止める。



「これ……桜の木、か」



柊くんの声につられるように、私もその木を見上げる。



「あ……そう、だね。開花の時期にはまだまだ早いのが、残念だけど」



桜の木は、何本も植えられていた。春が来て花が満開になったら、きっと圧巻なのだろう。

けれどまだ目の前にあるそのどれもが、茶色い枝をさらけ出した寒々しい姿だ。秋に育った花芽は、今は眠りながら春を待っている。



「花倉は、桜が好きなんだったな」

「え?」



通り抜けた冷たい風に首の後ろの髪を押さえた瞬間、思いがけない言葉が聞こえて振り向いた。

そこにいる柊くんはじっと私のことを見つめていて、寒さのせいじゃなくじわりと顔を赤くする。



「もしかして柊くん……高校生のとき私が言ったこと、覚えて、たの?」

「ああ。3年の初めに、一緒の日直やったときだろ」

「……うん。すごいね柊くん、よく覚えてたね」



思わずそう言うと、彼は「普通だろ」なんて本当に何でもなさそうな表情で答えた。

記憶力のいい柊くんだったから、覚えていただけ。きっとそこに、“私の好きなもの”であることなんて関係ない。

それでも私は、彼が自分の好きな花を覚えていてくれたことをどうしようもなくうれしく思ってしまうのだ。

自然と綻んでしまう顔を見られないよう、私は桜の木たちの方へと首をめぐらせる。