「少し待っていてもらうことになるんだけど。一緒に、帰らないか?」

「……ッ!」



その瞬間の私は、わかりやすく顔を輝かせてしまっていたかもしれない。

少し過剰なくらい、何度も首を縦に動かした。



「あの、私も、そう言おうとしてたの。待つのは平気だから、一緒に帰りたい……です」



話している途中で照れくさくなってしまい、だんだん声が小さくなる。

それでも錫也くんにはちゃんと聞こえたようで、私を見つめながらこくりとひとつうなずいてくれた。



「ん。じゃあ、あとでまたここに迎えに来るから。もう少し、この部屋で待っていてくれるか?」

「わかった。ありがとう、錫也くん」

「……礼を言われるようなことでは、ないと思うけど」



ふっと、どこか困ったように笑みをこぼした彼が、そのまま踵を返して部屋から出て行った。

私は落ち着かない気持ちで、近くにあった椅子におそるおそる腰かける。

今日は……いろいろ盛りだくさんの、1日だなあ。

まさか、言うなれば錫也くんの職場である球場から、一緒に帰ることになるとは思わなかった。

たぶん自覚している以上に、今の自分は浮かれている。

ただ一緒に帰宅するだけで、こんなふうになるなんて……私ってほんと、お手軽な女だ。



「平常心、平常心……」



きゅっと眉間に力を込めながら、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

必要以上に浮かれて、錫也くんに不審がられることは避けなきゃ。

こんな自分の反応は、もう、ただの同居人の域を超えてしまっていると──感づかれては、ダメだ。

うれしさについにやけてしまいそうになる顔を窘めるように、私は両手を頬にあてて熱い息を吐き出すのだった。