蜜月は始まらない

ここは普段、スタッフさんが使ってる場所なのかな……?

でも隣にはトレーニングルームもあったし、もしかしたら選手たちも使うことがあるのかも?

近くに長テーブルと椅子があるけれど座ることはせず、入り口近くに立ったままソワソワと待つ。

ほどなくして、ドア越しに複数の足音と声が聞こえてきた。



「まあまあ、いいからとりあえずその部屋入ってみろって」

「はあ、俺早く帰りたいんですけど──」



ガチャ、と外側からドアノブが回って、開いたドアの向こうからユニフォームのままの錫也くんが現れた。

すぐそばにいた私と目が合った瞬間、彼はノブを掴んだそのままの状態でギシリと硬直する。

まばたき3回分の間のあと、勢いよく背後の宗選手を振り返った。



「な……なんで、え?」

「ははっ! テンパってるテンパってる~!」



宗選手の楽しそうな笑い声。そして鳴り響くシャッター音。

ウィングスの頼れるベテラン選手は自前のスマホで錫也くんを連写したかと思うと、満足げな笑顔で「じゃ! ごゆっくり~!」というセリフを残し華麗に去って行った。

宗さん、まるで台風のようだ。
いまだ頭にクエスチョンマークをたくさん浮かべながら、錫也くんが再度前を向いて私を見下ろす。




「……本物か?」




いつもクールな彼には珍しい、困惑しきった表情と声音。

とうとう堪えきれず吹き出してしまった。